事業承継とは
事業承継とは
弊事務所が考える「事業承継」とは、わかりやすく言うと、地域を支える社会的な存在として、経営のバトンをつなぎながら長期的に事業を継続していくことだと考えます。
一言でいうと「駅伝型経営」です。
なぜ事業は続けないといけないのか?
駅伝型経営の話をすると、まずいただく質問が「なぜ事業は続けないといけないのか?」ということです。
この質問へのご回答は「もし事業(会社)が世の中に役立つものであれば、それは継続しなければならない」と私は答えます。
単純に、会社の中に社員さんもおらず、お客様もほとんどなく、オーナーのお金だけの話であれば、いつでもその会社を解散清算すればよいと思います。
しかし、皆さんの会社はそうではないと思います。
会社のお客様は会社の商品やサービスで満足が得られて喜んでおられたり、問題が解決できて助かっておられたりするはずです。その便益やサービスがなくなってしまうのは、お客様やその地域にとって大きな損失です。また、会社が社員さんを雇用している場合、その社員さんは仕事を通じて成長し、経済的に生計を維持しているのですから、もしその会社がなくなれば、その社員さんとその家族は突然、その生計の基盤を失ってしまうことになります。
事業承継とは、お客様(地域)や社員さんのために、地域の社会的基盤としての責任を果たすことだと思います。
そのように、事業承継=駅伝型経営と捉えると、事業承継で考えなければならないのは、バトンを渡す一瞬のことだけではありません。
バトンをいつでも渡せるようにネクストランナー(後継者)を決めておくこと、後継者が走りやすいように良いポジションを取っておくこと(日々の戦略や資金繰り)など、事業承継といいながら、事業(経営)そのものを考え続けることなのです。
日本人の価値観の根底にある植林経営
世界の中で日本企業は群を抜いて長命であるといわれます。日経BPコンサルティング様の調査(2019年10月)によると、世界の企業の創業年数が100年以上、200年以上の企業数について、日本は共に企業数で世界1位だそうです。なんと世界の創業100年以上の企業のうち、日本企業が半数(約33,000社)近くをしめます。さらに創業200年以上の企業で絞ると、日本企業の比率は65%(約1,400社)まで上がります。
日本企業の長寿の源は、日本人の源流にながれる「植林経営」の価値観であるといわれます。日本は地理上の特性として山林が多い国です。日本の国土の約67%が山林です。その山林で、日本人は山とともに生きてきました。時代とともに、山から木を切り、紙を漉き、鉄を鍛えて生活を支えてきました。
またその山林の自然を大切にすることで、海の水や空の空気まで一体となり、自然と共生してきたのです。そこでの日本人の生き方こそが「植林経営」です。植林経営では、人は50年前、100年前の父母、祖父母、それ以前の先祖に感謝しながら木を切ります。また50年後、100年後の子孫に思いをはせながら、木を植えるのです。
この山とともに自然と共生しながらたくましく生きる日本人の価値観が、事業承継を通じて、経営にも通じているのです。
「遠きをはかるものは富み、近くをはかる者は貧す」という二宮尊徳の有名な言葉があります。まさに事業承継の本質を言いえた言葉だと思います。
事業承継に失敗したらどうなる?~中小企業が抱える事業承継問題とは~
2017年版「中小企業白書」によると、日本には約382万社の事業所があるそうです。そのうち、2025年までに70歳以上のリタイアを迎える中小企業の社長は約245万人おられるとのこと。私は、年齢で決めつける必要はありませんが、過去の経験上、経営者交代の1つの目安になるのが「70歳」。つまり約64%(3分の2)の会社が、これから5年前後に経営者交代を迎えるわけです。
しかしながら、中小企業白書によると、その245万人の70歳以上を迎える経営者の約半数に当たる約127万人の社長が「後継者未定」と回答しているのです。
この数字が正しいとすれば、このままでは、現在の3万社/年の廃業数が、18万社/年ということになり、これまでの6倍の規模で毎年、廃業が起こることを意味します。アフターコロナ時代を見通しての不透明さを加味すると、もっと悲観的なシナリオになるかもしれません。
廃業(倒産、破産含む)は当然、経営者とその家族にとって不幸なことです。私も実家の家業が廃業になった時には、祖父や父の思いが報われなかったのではないか、自分が子供のときから慣れ親しんだ会社が重機で壊されていく場面を悲痛な思いで見送った経験があります。その悲しみは当然のこととして、廃業の問題はもっと広く、深いものがあります。
1.社員さんにとって
自分の家庭の生計の糧である職場が明日から失われる。特に40代以上の社員さんにとって、同じ条件や環境での再就職は困難を極めます。
2.社会にとって
中小企業がこれまで培ってきた技術やノウハウが喪失されてしまいます。また地域に雇用の場がなくなると、生産者人口が減少し、地域の活力が喪失されます。給料がなくなれば税収が減り、これまでのような行政ができなくなります。たとえば道路を保守できないとか、学校を維持できないとか、私たちの生活を支えてくれている社会インフラの多くのものが税金で賄われています。人口が減れば、過疎化がますます進み、地域は枯れていきます。
歴史に学ぶ事業承継の本質
事業承継と聞いて、私が真っ先に思い出すのは、学生時代に学んだ中国の故事である。皆様も「貞観政要」という書物は記憶に思い出されるのではないだろうか?中国唐代に編纂された太宗の言行録である。題名の「貞観」は太宗の在位の年号で、「政要」は「政治の要諦」という意味である。全10巻40篇からなる。
貞観政要は、古来、帝王学の教科書とされており、主な内容は、太宗とそれを補佐した臣下たちとの政治問答を通じて、貞観の治という平和でよく統治された時代の治世の要諦を語るものである。
太宗が傑出していたのは、自身が臣下を戒め指導するだけでなく、臣下の直言を喜んで受け入れ、常に最善の君主であらねばならないと努力したところにある。
ゆえに本書は、かつては教養人の必読書であり、中国では後の歴代王朝の君主や、日本でも平安時代に古写本が伝わり、北条氏・足利氏・徳川氏ら政治の重要な役にあった者に愛読され、人格形成の鑑とされてきた。
この貞観政要の中で、太宗がその部下に尋ねます。
”「創業と守成のどちらが困難か?」
昔から太宗に仕えてきた古株の房玄齢の答えは、
「天下が乱れ群雄が競い合う状況では、これらを攻め、破り、従わせ、命がけで戦に勝ち抜かねばなりません。ゆえに創業のほうが困難です。」
一方、若手の魏徴の答えは、
「帝王が新たに立つ時、人民は喜んで押し戴き、命令に服します。しかしいったん天下を手中に収めてしまえば、気持ちが緩んで驕り気ままになります。人民が食うや食わずの生活を送っていても、帝王の贅沢のための仕事は休めません。国家が衰えて破滅するのは、常にこういう原因によります。それゆえ、守成のほうが困難です。」
と異なるものでした。
二人の答えを聞いた太宗皇帝の言葉は、次のようなものでした。
「玄齢はむかし、私に従って天下を平定し、長く艱難辛苦を嘗め、九死に一生を得た。よって創業のほうが難しいと考えた。」
「魏徴は私とともに天下を安定させた。しかしこれから我々が勝手気ままな行動をとれば、必ず滅亡に向かうと憂慮している。よって守成のほうが難しいと考えた。」
「今や創業の困難は過去のものとなった。今後はお前たちとともに守成の困難を乗り越えていかねばならない。」”
貞観政要から学ぶ事業承継の本質
- 創業と守成の困難さは比べられない。創業には創業の、守成は守成の苦労がある。それらは別個のものである。同時に創業者と後継者を同じものさしで比べることもまたナンセンスである。
- 創業と守成の困難さは異なる。創業のやり方で守成を行うと失敗することが多い。事業承継においても同じである。
- 事の順序としては、創業があってこその守成である。創業がなければ守成も存在しない。ゆえに後継者は初代の創業の辛苦に思いをいたし、感謝と尊敬の念を持つべきである。
- 創業と守成の困難さは異なるが、守成はそれ自体が大きな事業である。創業が立派であるほど守成は棘の道となる。後継者は権力に麻痺しやすい。また部下や周りの人の媚び諂いが後継者をはだかの王様にする。後継者が失敗する最大の落とし穴はこれである。
事業承継の流れ
事業承継は、企業の成長プロセスとともに考える必要があります。
企業の成長プロセス
すべての企業は間違いなく、生業→家業→事業→企業という成長ステップを踏むことになります。上場している大手企業であってもその例外ではありません。何十年前かその企業も最初は1人の創業者から生まれ、時代の流れにあわせながら資金の再投資を繰り返すことで成長してきたわけです。
企業の成長プロセス ステップ表
生業 | 家業 | 事業 | 企業 | |
---|---|---|---|---|
事業体 | 個人 | 個人/法人 | 法人 | 法人 |
従業員 | 自分だけ | 家族中心 | 従業員多い | 従業員多い |
役員 | 自分 | 家族 | 家族 | 第三者 |
生活 | 困窮 | 不安定 | お金持ち | 裕福 |
納税 | できない | したくない | 仕方ない | あたりまえ |
視点 | 今日 | 短期 | 中長期 | 超長期 |
判断基準 | 生死 | 損得 | 法律 | 善悪 |
その中で、事業承継のプロセスを整理したいと思います。
ステップ | コメント |
---|---|
1.独立開業(生業) | ・人の2倍も3倍も働く時期 ・創業から約10年程度。 |
2.ワンマン体制(家業) | ・多くの会社がこのステージで終わり、次のステージには進めない。 |
3.組織化と権限移譲 | ・中小零細企業では、なかなか組織化が進まない。 ・理由は経営者が部下に命令するだけで、育てて能力を引き出せる経営者がいない。 |
4.若手後継者の育成 | ・子どもの頃から将来設計を立てて、教え込む必要がある。 |
5.リレーの時期 | ・最もネックになるのは、先代の執着心。 ・友人に聞いてはいけない。自分で譲る覚悟を決める。 ・継いでくれることに対して、感謝しなければならない。 |
6.第二創業、活性化(企業) | ・先代社長は、じっと我慢の日々。 ・後継者は承継後3年間程度、大きな改革をしてはいけない。なぜなら急激な変化は、社員を不安がらせてしまう。 ・「親を超えることはできない」と肝に銘じることが肝要。 |
事業承継を成功させるポイント
【先代が考えるべき事】 | 【先代がしてはいけない事】 |
---|---|
✔︎ その日暮らしの楽観主義と根拠のない現状肯定による研究不足は今すぐに改めないといけない。 ✔︎ 目先の損得に夢中になるのではなく、長期的に考え、先行投資を行う。 ✔︎ 会社の経営理念の土台をしっかりと積上げる。 | ✔︎ 70歳を過ぎても、社長の座を明け渡そうとしないこと ✔︎ 子どもに自分以上の能力を求めること ✔︎ 子どもが別の道についているのに、急に会社に呼び戻して、こどもの人生を狂わすこと ✔︎ 子どもに承継した後もいつまでも子ども扱いして、会社に首を突っ込むこと ✔︎ 承継してくれた子どもに感謝ができないこと |
【先代が考えるべき事】 |
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✔︎ その日暮らしの楽観主義と根拠のない現状肯定による研究不足は今すぐに改めないといけない。 ✔︎ 目先の損得に夢中になるのではなく、長期的に考え、先行投資を行う。 ✔︎ 会社の経営理念の土台をしっかりと積上げる。 |
【先代がしてはいけない事】 |
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✔︎ 70歳を過ぎても、社長の座を明け渡そうとしないこと ✔︎ 子どもに自分以上の能力を求めること ✔︎ 子どもが別の道についているのに、急に会社に呼び戻して、こどもの人生を狂わすこと ✔︎ 子どもに承継した後もいつまでも子ども扱いして、会社に首を突っ込むこと ✔︎ 承継してくれた子どもに感謝ができないこと |
【後継者が考えるべき事】 | 【後継者がするべき事】 |
---|---|
✔︎ 本学(人間学)と末学(戦略戦術)のバランスをとること。 ✔︎ 頭でっかちにならないように、まずは体を使い、次に頭を使い、最後には心を使って「観」を持てるようになること。 ✔︎ 社員の不安を解消すること。そのために承継後3年間は大きな動きをしない。 ✔︎ しかし5年も10年も動かないのは鈍重。 | ✔︎ 経営者としてふさわしいお金の使い方を身に着ける事 ✔︎ 人間学を学ぶこと ✔︎ 熱意を表明すること ✔︎ ネアカになること(最初はフリだけでも構わない) ✔︎ 共に働く社員を信用すること ✔︎ 良き師、よき仲間を持つこと ✔︎ 独自の人脈を切り開くこと |
【後継者が考えるべき事】 |
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✔︎ 本学(人間学)と末学(戦略戦術)のバランスをとること。 ✔︎ 頭でっかちにならないように、まずは体を使い、次に頭を使い、最後には心を使って「観」を持てるようになること。 ✔︎ 社員の不安を解消すること。そのために承継後3年間は大きな動きをしない。 ✔︎ しかし5年も10年も動かないのは鈍重。 |
【後継者がしてはいけない事】 |
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✔︎ 経営者としてふさわしいお金の使い方を身に着ける事 ✔︎ 人間学を学ぶこと ✔︎ 熱意を表明すること ✔︎ ネアカになること(最初はフリだけでも構わない) ✔︎ 共に働く社員を信用すること ✔︎ 良き師、よき仲間を持つこと ✔︎ 独自の人脈を切り開くこと |
事業承継のまとめ
経営者の最大の仕事は「人を育てること」と言われます。その成果は、事業承継のときに最もよく現れるのではないでしょうか?
政治の倫理化をとなえ日本の近代史に残る政治家の後藤新平の有名な言葉があります。
「金を残すは下、名を残すは中、人を残すは上」
さあ 経営者という素晴らしい仕事を一緒に成し遂げましょう!